本の紹介

『においが心を動かすーヒトは嗅覚の動物であるー』

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こんばんは。Soliです。

今日は本の紹介をします。

『においが心を動かすーヒトは嗅覚の動物であるー』A・S・バーウィッチ 太田直子訳

においと心の関係について。アロマセラピストとしては、とても興味深いタイトルです。

視、聴、嗅、味、触の5つの感覚のうち、近年まで最も軽んじられていたのが嗅覚です。

見えずさわれず掴みきれないということもあり、研究対象としては儚すぎたのでしょうか。

嗅覚の歴史

あなたがにおいを測定しようと試みさえしただろうか?あるにおいが別のにおいよりちょうど二倍強いかどうかわかるのか?ある種のにおいと別のにおいの違いを測定できるのか?スミレやバラの香りからアサフェダの強烈なにおいまで、じつにさまざまな種類のにおいがあることは明らかだ。しかしその類似と差異を測定できるようになるまで、においの科学はありえない。新しい科学を創設したいと熱望するなら、においを測定せよ。byアレクサンドル・グラハム・ベル

文中にあるアサフェダとはサンスクリット語でヒングと呼ばれ、インド料理でスタータースパイスとして使われる樹脂状の液体を粉末にした香辛料です。その匂いはニンニクとドリアンを合わせたような強烈さですが、油で加熱するとタマネギ様のにおいに変化し、料理に旨味をもたらしてくれます。

19世紀より前はにおいについて調べる科学者はほとんどおらず、香料製造業界の人々によって秘密主義的かつ商業的発達に発展してきました。

香料製造業界が最古の専門職のひとつであるということは、ニッチながらも原始からのニーズがあったということが想像できます。長い歴史の中で、蒸留、圧搾、溶剤抽出などの抽出方が確立され、現代に受け継がれています。

1320年頃2人のイタリア人によって高品質のアルコール生産が容易になり、香料製品の応用が劇的に変化しました。香水の誕生です。

初期のアルコールベースの香水のひとつである「ハンガリー・ウォーター」は1370年にハンガリーのエリザベート王妃のために作られました。

「ハンガリー・ウォーター」はアルコールにローズマリーの枝葉を浸けて抽出したもの。製法については諸説あります。

2004年にノーベル生理学・物理学賞を受賞したリンダ・バックとリチャード・アクセルは嗅覚神経科学において希有な発見をしました。嗅覚受容体遺伝子の発見です。

バックはコロナウィルス検査薬で広く知られるようになったPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)を前例なしで応用。特異的な遺伝子鎖を大量に生成し、遺伝子を増幅したことによって下記の発見をしました。1991年のことです。

鼻上皮の感覚神経はすべて、ひとつの受容体遺伝子を発現する(つまり「細胞内に出現させる」)。その結果、実験者は一本の感覚神経の活性化信号を追いかけることができれば、受容体がどこでどうやってその信号を脳に伝えているのか、直接見ることができる。

 

2つの嗅覚

「風味」と「アロマ」。

舌の味覚受容体が反応するのは、食べ物の酸味、甘味、苦み、うま味、塩味…そして最近の研究によると、おそらく脂っこさの感覚だ。これは風味の質の豊かさを考えると、きわめて限定的な味覚である。舌の上のどこにイチゴの受容体があるのだろう?ミント、チェリー、チョコレート、スモーク、そしてニンニクの受容体は?どこにもない。これらはすべて、鼻を経由して脳でつくられる質である。

鼻が詰まると味覚が鈍くなるのは、嗅覚でも感じているということです。舌の味蕾と嗅覚で味わっているのですね。

味わうだけではなく、毒性を感知して瞬時に吐き出すことも命を守る不可欠な働きです。

鼻でどうやって味わうのだろう?においの化学物質の感知には二つの経路がある。「オルソネーザル過程」は鼻から息を吸うときに起こるーーこれが私たちが嗅覚について語るときにふつう思い浮かべるものだ。そして「レトロネーザル過程」は、揮発性の分子が喉の奥から鼻上皮まで移動するときに起こる。

「オルソネーザル過程」(アロマ)鼻から息を吸うときに起こる。

「レトロネーザル過程」(風味)肺からの温かい空気により嗅上皮にたどり着く。

イヌのような嗅覚鋭敏な動物は嗅覚のための道と呼吸のための道が鼻を横切る骨で分かれていて、「オルソネーザル過程」のみ知覚します。

ヒトをはじめとする霊長類は進化の途中で鼻を横切る骨を失ったため、鼻からの「オルソネーザル過程」鼻咽頭空間で起こる「レトロネーザル過程」の両方を知覚します。アロマ風味の両方を楽しめるようになったということです。

多くの動物に風味を感じる空間がないということは、美味しい食べ物を愉しむのはヒトの特権ですね。

しっかり咀嚼して風味を鼻腔内で回遊させることを楽しみたくなります。

 

鼻の経験 パクチーについて

チーズやコーヒーのアロマと実際の味がかけ離れているという初期のがっかりした体験から、食の経験を重ねることによって美味しいと感じる人が多くなります。

子どもの頃苦手だったものが好物になることは誰しもあるかと思います。

パクチーの香りは好き嫌いが大きく分かれますね。経験を重ねて好きになる人と嗅覚受容体遺伝子のOR6A2に遺伝的差異があることによって本当に嫌いな人がいるそうです。本当に嫌いな人は成分のアルデヒドを、果物のような緑の香りではなく、石鹸のようで鼻にツンとくると知覚すると記載されています。

Soliは初めてパクチーを嗅いだ瞬間、強く惹きつけられ、大好きになりました。セリ科のクセのある緑の匂いがたまりません。コリアンダーパウダーの香りにも癒やされます。

パクチーが好き or 嫌い、あなたはどちら派でしょうか?

 

診断ツールとしてのにおいの感度

特別に鼻が利く看護師の協力により初の体臭にもとづくパーキンソン病診断テストの開発や医療探知犬に倣ってバイオ電子鼻の開発がすすめられています。

また、アルツハイマー病、パーキンソン病、レビー小体病の初期症状が、においの感度の低下といわれています。

「パーキンソン病のような病気で、嗅覚喪失が典型的な臨床運動症状の何年も前に起こる。嗅覚系はこうした病気のプロセスの非常に早い段階で冒されるのだと考える。実際、たとえば、何らかの化学物質が環境から嗅覚系を通って脳に入り込む。それが嗅覚内部で、アルツハイマーやパーキンソンの病変を開始するのかもしれない」byリチャード・ドーティ

今後の医療で嗅覚へのアプローチが伸びる可能性を示唆していますね。

認知症対策としてのアロマテラピーの可能性についても研究論文があります。嗅覚分野での発展についてはSoliも引き続き注目していくつもりです。

 

嗅覚は鍛えられる

母校 London School of Aromatherapyを入学前見学したときに、「嗅覚における適性」について質問したところ、「本物の香りを嗅ぎ続けることによって習得できます。」と回答がありました。

今回の読書によって、その回答が裏付けられたように思います。

専門技能の研究は、脳について重要なことを明らかにする。嗅覚脳は可塑性(かそせい)がとても高い。そのため、個人的経験と一般訓練が神経処理におよぼす効果を調べるための、優れたモデルになる。最近の研究で、嗅覚の訓練は脳内にかなりの構造的変化を引き起こすことが明らかになっている。

専門的な体験を増やすことによって脳の構造が変わり、知覚能力が伸びるということは、人は経験から学び、能力を伸ばせるということ。

日々の試香やブレンディングが嗅覚と知覚の伸長に繋がるとは。大きな励みになります。

 

スキルとしての知覚

パターン認識にはいくつかの層がある。原料のレパートリー、つまり習得された原料の相互作用リストがある。特定の材料は、混合物内で特有の効果を上げることが知られている。単一成分の特性を足し算するだけでは説明できない効果だ。香料製造においては、全体は部分の合計にとどまらない。

原料の組合せと相互作用、それぞれの効果がもたらすパターン認識を鍛えた調香師の知覚について述べられています。

精油のブレンディングでも相乗効果や相殺効果、プラトー効果(ある一定のラインを超えると期待された効果反応がなくなる)によって、明確な説明がつかない香りの協奏や、効果への影響があります。

その経験からパターン認識を習得し、パーソナルブレンディングに活かせるようになります。

まとめ

認知科学者であり、哲学者でもある著者のA・S・バーウィッチは、神経科学の謎と哲学と歴史の旅にいざなってくれます。

そもそも嗅覚は人によって異なるし、同じ人でも時や体調によって感覚に変動があります。

この相対的比較が難しい嗅覚神経分野で粘り強く研究が続けられていること。その情報の詳細さに圧倒されました。

専門的に嗅覚を鍛えることによって数ヶ月で脳の構造に変化が起こります。

記憶や感情が嗅覚に影響します。

心象が豊かであれば匂いの感度やデータもより豊かに重ねられると心しておこうと思います。

クライアントとSoliの心象を、より豊かな知覚と経験に繋げるために。